読書メモ

J・Sミル「自由論」から学ぶ「自由」についての考え方

liberty

「自由という言葉は乱用されている。」

自分の言動に非難が集まるとすぐに、やれ「言論の自由の侵害だ!」などとわめき散らし、どこか免罪符として、「自由」という言葉が使われているような気がするのは僕だけではないはず。

しかし、「自由」という言葉を使われると、どうも反論しづらい。

あぁ自由とはなんなんだ!っていうのに明確に答えてくれるのがこの人

Stuart_Mill

イギリス出身の偉大な経済学者であり思想家でもあるジョン・スチュワート・ミルです。

この人、大学はおろか、小学校にすら行っていません。しかし、父の超絶スパルタ教育のおかげで、偉大な経済学者・思想家に数えられるまで成り上がった超努力家です。

多彩な才能を持つJ.Sミルですが、その著作の中でも最大級のインパクトを持っているのが「自由論」です。

今日はこの「自由論」の論を借りながら「自由とはなにか」と言うことと、JSミルが自由を語るうえで絶対外すことのできないものとした「思想・言論の自由」の2点について話をしていきます。

1.「自由」はどこまでが「自由」なの?

「それは俺の自由だろ〜」と、自由を乱用するオタンコナス野郎が現れたとき、どう対応すべきか。

自由についてJSミルは

「他人を害した瞬間、それはもう自由ではない」と言っています。

つまり、それが正当な自由がどうかを判断するときは、第三者に対して物理的および精神的な被害が及ぶかどうかを確認しなければならない。

この一節だけで現代の法律的・社会的慣習に裏付けを与えてくれます

  • なぜ人を殺してはいけないのか?
  • なぜ人のお金を盗んではいけないのか?
  • なぜヘイトスピーチは禁止されたのか?

ヘイトスピーチについては、表現の自由との衝突が懸念され、法案化まで相当議論が重ねられたわけですが、とどのつまりは「他人を害するから」規制されたのです。もっと正確に言うと「他人に影響を与えるから」ということでしょう。

外国人(特に中国・韓国)を守るためだけではありませんよ。ヘイトスピーチの聴衆になり得るあなたを守るためでもあるのです。(深く語ると本題からズレるのでまたの機会に。)

反対に言うと、他人を害しなければ、なにを考えてもやっても自由だとJSミルは言います。

「人類なんて滅亡すればいい」と一人で”考える”ことは、自由!勝手にやってOK!でも、それを誰かに言い聞かせようとすると、これまた自由に制限がかかります。

相手の同意を得て、話をするのはOKでしょう。でも、防ぎようのない強制的な方法で、なにかを吹き込むのはNG。それは自由ではありません。

でも、同意を得てても「人類なんて滅亡すればいい」なんて、極端の思想を吹き込むのは、他人を害すことにならないのか?

JSミルの考え方を借りれば、害すことになりません。

だって、地球上の生物の立場からすれば、人類が滅亡した方がいいかもしれないじゃないですか。「人類滅亡なんて思想は絶対に間違っている!」って考えは、あくまで人類目線ですよね。なにを持って間違いだと言えるのですか?

つまり、なにを言いたいか。

JSミルは、自由を制限するための条件を説くと同時に、不用意に自由を制限することの危険性も説いたのです。

そして、特に言論・思想の自由を制限することの危険性について、丸々一章を割いて説明しています。

2.思想・言論の自由は最大限尊重しなければならない。

あらゆる分野で、この世の中を発展させてきたのは、思想であり、言論であるからです。

信教の自由は、信じる対象となる宗教を必要としますが、その宗教をつくるのは、思想・言論の自由なのです。

つまり、思想・言論の自由とは、数ある自由の中でも0→1を生み出すことのできる特殊な自由ということです。

その証拠に、ジョン・ロック、JSミル、アダム・スミスなどにより、「自由」に思想的根拠が与えられてからの人類の発展というのは目覚ましいものがあります。

JSミルは、人類の発展=幸福について、こう言っています。

人類の幸福度は、反論の余地のない段階に達した真理の数と重さによって測られる。

ぐぅの音も出ないほどの至言です。

人類を発展されるためには真理を積み重ねる必要がある。そしてその真理とは絶えず議論をすることによって生み出されるとJSミルは考えます。

著作の中で彼は、多数者の専制、つまり多数者の意見が正しく、少数者の意見は間違っているとする、この世界的な慣習をハイパーうんこレベルの愚鈍の極まりだと切り捨てます。

人類は、このハイパーうんこレベルの愚鈍を天動説・地動説で学んだはずなのに、一向に活かす気配がなく、同じことを繰り返している。

多数者の意見が絶対的に正しいとして、変わり者を排除しようとする。

なにも、多数者の意見が間違っていると言っているわけではない。ただ、多数者の意見は、真理の一部であって、真理の全体ではないと。

反対に、少数派の意見も真理の全体ではないけど、真理の一部ではある。

人間の目的は、少数派を弾圧して、悦に浸ることではなく、議論をして人類全体の利益に繋がる真理を見つけていくことだとJSミルは言います。

だから、少数派を少数派だからと言って、攻撃することは断固として許されない。それは、彼らが可哀想だとかどうだとかそうゆうことではなくて、単純に人類にとって損失だからです。

意見の多様性こそめちゃくちゃ重なんだ。と、JSミルは思想・言論の自由を通じて、みんなに伝えたかったわけです。

さて、でもこの考えを心に刻んで、生活しようとすると、ある苦しい場面が訪れます。

「クソバカやろうの意見も、黙って聞いてろってか!」と。

いいえ、ここで冒頭の自由の制限が出てきます。

つまり、「自由は、他人を害しない範疇で自由」だと。

ひどい言葉遣いであっても、相手から「議論をしてなにかを作り上げたい」という気持ちが伝わってくるならそれは、しっかりと受け止めなければならない。

しかし、相手をやり込めようとか、恥をかかせようなどと、反論の動機が不純と判断できる場合は聞く耳を持たなくても良い。

だって、そんな私情は真理には不要なわけですから。

第一、自由を盾になにかを攻撃するやつは、大体思想・言論の自由を声高に叫ぶのです。

思想・言論の自由がとても重要なことはJSミルの話しから、とってもよくわかります。

しかし、最大限の尊重が必要なこれらの自由も、他人を害した瞬間、自由ではなくなるのです。

3.結論:基本自由!でも他人は傷つけるな!

っていうことでしょうか。

僕のかねてよりの疑問「自由ってなんなんだ・・・」に、明確に答えてくれるのが、この「自由論」です。

「自由論」から得られる自由に対する思想は結構鉄壁。

この本の考えを軸に据えて、考えるとブレないだろうなぁ・・・矛盾はできにくいだろうなぁ・・・と思います。

内容自体も全然難しい本ではないので、ぜひ一読してみてください。

あるぱか

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